英語を習いたい、話せるようになりたいと、多くの日本人が願っています。これを読んでくださっている方にも、英語を何とか習得したいなあと思っている人がいらっしゃるかもしれません。
なぜ、英語なんでしょうか?
こんにちは、まのん(@ManonYoshino)です。
どうして英語を習いたいの?という問いには、いろいろな答えがあるでしょう。
英語を使って仕事をしたいとか、好きなTVドラマや映画を字幕なしで楽しみたいとか、海外旅行のときに困るから、とか。
目次
「英語生活」との運命の出会い
最初は、英語が「好きな教科」だった
イギリスの語学学校に通うまでは「英語は苦手」意識の強かった筆者ですが、中学時代の英語の学び始め、それは大好きな教科でした。
新しい教科だし、簡単だし、なんか急に国際人になったようで気持ちよかったし(中1の英語で国際人、というあたりが単純です)。
受験英語から苦手意識が高まる
でも、高校時代の「グラコン(グラマー&コンポジション)」という授業が始まった辺りから英語は小難しい学問であるというジャングルに迷い込み、苦手に。
その後も迷走を続けましたが、ブリティッシュロック好きだったので、英語という言葉自体は好きだったんです。
英語が身近になったきっかけはイギリス
19歳の春、両親には「パッケージ旅行で行く」と嘘をつき、学友と二人で3週間のイギリス自由旅行にでかけました。
到着日の夜のロンドンのホテルと、最終週のロンドンのホテル以外は、ぜんぶ現地で歩いてB&B(ベッド&ブレックファースト=民宿)を探すつもりでした。
その初海外、初イギリスこそが、多分、我が人生の最大のターニングポイントだったわけです。
イギリス初渡航、いまとなっては笑い話
イギリスへの航路は「北極ルート」か「南回り」の時代
すごく昔の話で、まだシベリアルートのヨーロッパ便が、ほとんどなかったように思います。
なにしろ「ソビエト共和国連邦」がどーーんと横たわっていたため、このルートは日本航空とアエロフロートの共同運行便か、アエロフロート単体のモスクワ経由便だったような。。
北回りルートといえば、アラスカのアンカレッジ経由が一般的でしたが、南回りと比べるとぐんと料金が高かったんですよね。
で、初めてなので見るもの聞くものすべて珍しく、ロンドン到着間際に飛行機が降下を始めると「飛行機酔い」に。。。
ヒースロー空港到着の時にはヨレヨレ。
ロンドンの「人種のるつぼ」に衝撃
到着は夜で、それから地下鉄で約1時間かけてKing’s Cross(キングスクロス)のホテルまで行きました。
地下鉄駅でチケットを買うのにも、ドキドキ。ニコリともしない黒人の駅係員や、ターバンを巻いた目つきの鋭いシーク教徒のおじさんたちにもドキドキ。
それまで外国人と言ったら「大学の英会話のアメリカ人の先生」くらいしか間近で見たことがないくらいだったんですから。
異国。共通言語はほとんど話せない英語。夜。
こわかったです。
のちにイギリスに暮らした時、夜のキングスクロスという場所も「やばい」ところだと知りました。こわくて当然だった、というか。
その後の人生が決まった日
イギリス初旅行、初日、国鉄駅からスタート
ロンドンの夜から一夜明けて。。。
国鉄駅の窓口で、日本で購入してきたブリットレイルパス(イギリス国鉄乗り放題の鉄道パス)の、使用開始手続きをして「英会話力ほぼゼロ」の二人組の珍道中が始まりました。
英語は学校で勉強していたので、ある程度は読めるし、書ける。
だから駅の表示などは問題なく、電車にも乗れ、目的地にも向かえるわけです。
それでも見るもの聞くものすべて新鮮。
夢にまで見続けた憧れの国、イギリス。
イギリス最初の訪問地、ドーバー城
二人は最初の目的地、ドーバーに向かいました。
電車の中も見るもの聞くものすべて珍しい。乗客も、電車のインテリアも、すべて、です。
ちょうど駅の前にB&Bを見つけ、ドアをノックしたら優しそうな奥さんがそれはそれは親切に迎えてくれました。
「え?こんなにスムーズで本当にいいの?騙されてるんじゃない?」と思うくらい最初の宿探しはスムーズでした。
荷物を置いて、名所、ドーバー城まで歩いて登りました。
おとぎ話の世界が目の前に
地理・歴史は小さい時から大好きで、古い建築にも興味がありました。外国だけではなく、国内の古刹にも大いに興味があり、京都・奈良は大好きな土地。
でも、目の前、白亜のドーバーの崖の上にどーんとそびえる中世の古城の姿にはとてつもない衝撃を受けました。
訪れた日は、春まだ浅い3月で、ジメジメ寒くて薄暗い一日。
海は鉛色に荒れていて、風もビュンビュン吹いてきます。
城壁に立っているとそのまま飛ばされて崖下に真っ逆さま、という感じ。
生き続ける中世の歴史
ドーバー城、いまではイングリッシュ・ヘリテージというイギリス政府設立の歴史的遺産の保護を目的とする組織の管理下で観光向けに整備されていますが、最初に筆者が訪れた時は入場料こそ払うものの、人影もほぼない寂しい古城でした。(English Heritage HP http://www.english-heritage.org.uk)
キープと呼ばれる天守閣に登りましたが、薄暗い城内、ながい石組みの螺旋階段、じっとり寒い空気。
暗い中世の時代がまるで目の前に蘇るような臨場感。
暗い螺旋階段を登り続けたら、このままタイムスリップして現代に戻れなくなるんじゃないだろうか?なんていう幻想を抱かせる、歴史においていかれたノルマンのお城でした。
まとめ:衝撃が英語への情熱に
ドーバーの景観と雰囲気は、言葉では言い表せない衝撃でした。感動というよりも、衝撃。
この国に暮らしてみたいという強い気持ちが芽生えました。
そして、この国の言葉を自分も理解し、話してみたい!と、抑えきれない情熱を感じたのです。
そこから色々模索して、イギリスに暮らすには語学留学という手立てがあることを知り、それはどんどん身近なものとして一般人でも手が届くということを知り、イギリス再上陸に向けて着々と計画を練り始めたのでした。