
海外在住ですが、日本の親を亡くし、実家も売却しました。
ここ数年は、一時帰国しても事務処理で忙しくしていましたが、実際に実家がなくなったことで今になっていろいろと後悔してばかり。
ほかの海外在住の日本人はみんなどうしているんでしょう?
こんにちは、まのん(@ManonYoshino)です。
日本に帰る実家を無くして、もうずいぶん年月がたちました。
ところが何年たっても「実家が日本にない現実、親がいない現実」には慣れることができないまま。子供の頃のこと、大人になってからの実家との関わりや、渡仏後の帰省でのことなど、いろいろ思い出しては後悔することも多いです。
中高年になると、「海外生活も長いし、もう日本にもあまり帰国しないし…」というかたもいらっしゃいます。
でも我が家は大の日本好き一家。
「できることなら日本で暮らしたい」と言っていますし、何をおいても定期的な一時帰国は欠かせない派です。
だからおそらく、いつまでたっても実家に関する思いを断ち切れないままなのでしょう。
筆者の世代は、「一般家庭の子が、語学留学や正規留学で海外に行き始めた」世代。周囲にはリタイア世代の日本人はほぼおらず、同世代よりちょっと下の年齢層が大半です。
それでも、ご両親を亡くされたり、兄弟世代が実家を継いでいたりして、「帰れる実家はもうない」という人が増えてきました。
日本から遠く離れた海外で生活してきて、実家の両親に対してはみなさんいろいろな思いがあるようです。
この記事では、
実家がなくなる現実
親への後悔
実家の維持に関する後悔
気持ちのシフト
について、個人的な思いを中心に書いていきます。
よろしかったらぜひご覧ください。
▼ 海外生活が長くなるにつれて、気になり始めるのが日本の両親のこと。遠く離れているからこその不安に、海外在住者ができる親の老後の寄り添い方を考えます。
目次
実家がなくなる現実

両親の健康については、まだ元気だった頃から何かしら心配はしていました。
海外に暮らしていて、日本に帰省できるのは1年に一度。久しぶりに会う両親は、子供の目から見ると毎回、「ぐんと年をとった」ように見えました。
移住以前に東京で暮らしていた頃は、出張も多い仕事をしていたため、実家に帰るのは年に数回。それも1泊か、せいぜい2泊。つむじ風のような「お客様」です。
でも、海外で家庭を持ってからの帰省は、それまでとは違って長期滞在。
ゆっくりさせてもらう代わりに、洗濯もすれば掃除もするし、買い物も食事の支度もします。だから両親の普段の様子も見えてくるんですね。
年をとったな、今までとは違って疲れて見えるな…と感じるようになっていきました。
それでも、いつまでも親は頑張っていてくれて、帰る家はそこにあると思っていたのです。
ある冬、なかなか治らない父の風邪が実は癌だった…というところから、両親二人の「のんびり田舎暮らし」が静かに崩壊し始めました。
そんな中、夏をなんとか越して、体調を崩しがちの父よりも、病気をしたことのない母が突然の発作で亡くなったのです。
その後、すぐに後を追うように父もこの世を去りました。
「いつでも帰れる」と思っていた実家が、あっという間に「誰もいない家」になってしまったのです。
葬儀から続く弔事が一段落して、家族と共にフランスの空港に戻って初めて涙が止まらなくなりました。それまではあまりの出来事に、悲しむ余裕がなかったのでしょうね。
いまもつい「電話をかけそうに」なる
両親が亡くなって何年もの月日が経過しました。それでも、まだ自分が生まれ育った懐かしい地には二人が「のんびり暮らして」いるような気がしてしまいます。
ちょっとわからないことや、うれしいことなどがあると、いまもつい電話をかけて相談したり報告しようとしている自分がいます。
自分も年をとったのだから、生きていたら両親だってかなり高齢になっているはず。でも、心の中にいる二人は、いつも元気で笑っていた頃の姿。
地球の反対側に暮らしているからこそ、何年経っても「両親がもういない」ことに現実味を感じないのです。
よりどころがない寂しさ
筆者の実家は、いわゆる田舎の本家。曽祖父母が、もともとの大本家から分家してできた家なのでそれほど古いわけではありませんが、そこから広がった家族たちにとっては「よりどころ」です。
両親が亡くなったあと、しばらくして実家を売却しました。子供世代がいずれも離れた地に家族と家を持ち、誰も住まなくなった実家を空き家にしておくことが現実的ではなかったからです。
空き家になった実家を数年メンテナンスしたわけですが、海外からでは何かあった時に対応が難しいなと感じました。日本に住む兄弟たちも、頻繁に実家のメンテナンスに行けるわけではなく、結局、海外から一時帰国する我が家族が修理や掃除担当に。
長時間フライト後の時差ボケでぼーっとした頭で、実家の鍵を開けて家中の掃除をし、家電などの不具があれば修理を依頼する…。全部整ったところで、国内の兄弟たちが「実家に遊びに来て、散らかし放題で帰っていく」という構図。また掃除をして家を整えて、海外に向けて出発する我が家族。
車で日帰りできる距離に住む兄弟も、家や墓地の管理には無関心(でも相続はしたい)。なんとなく理不尽な気持ちにもなりました。
「このまま維持することは難しいから手放すのは仕方ない」と諦めてしまいました。
築浅の実家は、すぐに買い手がつきました。
売却手続きはスピーディーに終わりましたが、後に残ったのは言いようのない後悔でした。渦中にいた時には、それほどの喪失感に陥るとは想像しておらず、自分でもびっくりしたのを覚えています。
もうできない親孝行
次に両親に会うときはどんなお土産を持って行こうとか、ふと考え始めることがいまだにあります。そして、「ああ、もういないんだ」と思うことの繰り返し。
どんなに願っても、もう話をすることはできません。
なにかをしてあげることも、もうできません。
「親孝行、したい時には親はなし」と昔から言いますが、本当にその通りです。
親への後悔

日本の実家をなくしてみて、後悔することはたくさんあります。
はたからは「ちゃんと親孝行していてすごいな」と見えていた人でも、ご両親を亡くされたあと「もっとできることがあったのでは?と、後悔することが多い」と言います。
親を亡くしたあとには、関わりがどうだったとしても多かれ少なかれ「なにかしたら後悔している」人が多いよう。
日本を遠く離れて暮らしている筆者の場合、両親に対する後悔は人一倍だと思います。何年経っても申し訳なく思う気持ちは変わりません。
親に遠慮させてしまった
両親は「人に迷惑をかけたくない、子供たちの生活の邪魔をしたくない」という気持ちの強い人たちでした。
特に結婚して家庭を持ってからは、娘としての扱いというよりも「他家に嫁いだ人」という扱い。両親なりの「娘を嫁がせた親の矜持」みたいなものを持っていて、自分たちの暮らしからは一線をひいていたように思います。
遅く結婚して遅く出産した筆者は、両親が後期高齢者の年齢になってもまだまだ子育て真っ最中。両親も孫を溺愛していたのをいいことに、自分の子供の健康と幸福をとにかく最優先にしていました。
高齢になってきた両親は、「遠く離れているのに心配をかけてはいけない、まずは孫優先!」とばかり、さまざまな心配事を詳細には話してくれませんでした。結果的に、かなり遠慮をさせてしまったなと後悔しています。
親の寂しさを想像できなかった
自分自身が年齢を重ねてようやく気づき始めた「親の寂しさ」。
母が突然に亡くなる数ヶ月前、まるで自分の死期を知っていたかのように、一時帰国中の筆者にポロッと言ったことがあります。
「本当は結婚して外国に行って欲しくなかった。でもお父さんが『絶対にそんなことを口に出していうな』というから黙っていた」…と。
自分が親になり、両親を見送り、ようやく親の寂しさを少しずつ理解できるようになりました。
でも時すでに遅し。寂しさに寄り添う気遣いすらできなかったことを深く後悔しています。
いざという時に役に立てなかった
結婚して渡仏するまでは、(かなり)長いこと一人で自立した生活をしていた筆者。まあまあ都心に住んで、それなりにゆとりもあって、仕事もチャレンジングで…という典型的な「悠々自適なおひとりさま」生活を営んでいました。
でも渡仏後は、フランス語に苦戦したり、子育てに一生懸命だったりで、悠々自適からは程遠い「パッとしない普通の主婦」に。
父が病気になり、余命宣告を受けたあたりから、母も「一人では生きていけない」と不安な毎日を送り、食欲さえなくなっていったようです。
子供が夏休みに入るとすぐに帰国して、夏の間は運転手として通院や買い出し、食事の支度、福祉関係の手配などフル回転でがんばったつもりでした。
でも、「フランスに帰ってしまう娘」という立場は変わらず、秋になって母が具合が悪そうにしていたときも、急に亡くなった時も、あまり役に立てず。日本にいない間は電話で話を聞いたり、訪問医につないだりするくらいがせいぜいでした。
いざという時、全く役に立てなかったことを後悔しています。
もっと話を聞いておけばよかった
両親が亡くなって月日がたつにつれて、「亡くなったことや、役に立てなかったことへの後悔」とは別のことがいろいろと頭に浮かぶようになりました。
それは、両親自身の考えや生き方、生活のことです。
18歳で親元を離れるまでの、長い人生から見ると「ほんの短い間の生活」の思い出からしか両親を知ることができないことに気づきました。
しかも、その大半の時間、自分は学校に通う子供。実際は両親のことをあまりよく知らなかったんだな、ということを痛感しています。
例えば、両親のそのまた両親(祖父母)との関わりや思い。
例えば、両親の交友関係や好きな食べ物や、好きなこと。
例えば、両親が持っていた子供(筆者や兄弟)への夢。
特に、母の好きな食べ物って、ほとんどわかっていません。なぜなら、私たち子供が帰省すると「私たち子供が好きな食べ物」が食卓に並ぶからです。
もっと日頃から話を聞いておけばよかったと、本当に残念です。
▼ 海外在住者は、「もし親の介護が必要になったら…」という不安と、どう向き合ったらいいのでしょうか。いざというときに慌てないために、備えておきたいポイントを考えてみました。
実家の維持に関する後悔

筆者の兄弟たちは、全員が実家から離れたところに家庭を築いています。そのため、前述のように空き家になってしまった実家をそのまま維持しておくことは、実はけっこう難しいことだったのです。
税金や光熱費など維持費の問題もあります。
人が住んでいなくても、家を良い状態に保つために両親が取り入れた24時間換気システムは稼働させなくてはいけません。
また、冬季は非常に気温が低くなるため、水道管の凍結対策をする必要もあります(しかも、近年オール電化にした家は、24時間給湯システムを常時つけておく前提の設計でした…)。
それで兄弟で話し合った結果、築浅の実家は売り時を逃すべきではないということになりました。
残されたものの処分
建て替えを機に、母が大断捨離を決行した実家(そうとう大変な作業だったと思います)。
すっきり整頓されてはいたものの、家具や日用品、食器や衣類、寝具などたっぷりありました。
遠隔地から兄弟が集まれる機会はとても限られているため、ある程度は思い切りよく仕分けして処分する必要があります。
海外からの帰省でまとまった時間が取れる筆者が、おおよその仕分けをし、兄弟それぞれが持ち帰りたいものを選り分けました。
3回の一時帰国で、ほぼ一通りのものに目を通しましたが、「焦りすぎて取っておいた方がいいものを処分したかも?」とずっとモヤモヤしています。
思い出のものの処分
大量の写真は、親世代の親戚にもそれぞれ配るなどして、「失ったら取り戻せない思い出のもの」はキープするようにしました。
祖父母の時代のものは、親世代が兄弟で形見分けをしていたらしく、ほぼ見つからず。建て替え時の断捨離の時に処分したのかもしれません。
両親が使っていたものや、ずっと家にあったもの(置き物や食器など)は兄弟でチェックしたのち、分配しました。
それでも、何かキープし忘れたものがあるような気がしています。
実家の売却を焦り過ぎた
母が急に亡くなったこと、その後を追うように父もすぐに亡くなってしまったことは、とてつもなくショックな出来事でした。
あまりにショックで、2度の葬儀で1ヶ月間日本にいた間は、妙なハイテンションで全然泣けなかったくらいです。
その喪失があまりに辛くて、「実家=悲しみの巣窟=居たくない場所」になってしまいました。
兄弟全員、同じように感じていて「次に進まないと心が壊れそう」と思ったようです。そのため、時間をおかずして実家の売却に踏み切ることになりました。
でもその後、猛烈に後悔するようになりました。悲しみにも冷却期間が必要だったな、と思ったのは数年後です。
せめてあと3〜4年は待つべきだったのでは、と今では思います。
お墓の手入れ
両親健在の時は、お墓は「お参りに行くもの」でした。
でも二人が急に亡くなったあと、お墓は「掃除をしに行き、お参りをし、維持するもの」に変わりました。
兄弟もごくたまにお墓参りに行きますが、なぜか草むしりはしない(昔から、実家の手伝いや家事をするのは筆者だけ。そういう運命か?)。
毎回、一時帰国の最初に、我が家が大汗をかきながら、草取りをしてお墓を洗って大掃除というのがルーティンに。
お墓の手入れ、気を抜くとすぐに草ボーボーになるので注意が必要なのです。
実家売却後の滞在先
実家を売却したのはコロナ禍より前。その頃は、諸物価も今のように高くなく、極端な円安もなく、航空券も今の半額でしたし、日本の宿泊費も同様でした。
そんな背景もあり、「実家を売却しても民泊やマンスリーマンションを借りればいい」くらいに気楽な考えでした。また、必要であれば中古住宅を買えばいいとも思っていました(現実にその頃は格安の中古物件が市場にたくさんあった)。
でもコロナ禍以降、日本の滞在費がぐんぐん高くなり、戦争の影響で航空券も爆上がり。
一時帰国の滞在先に苦慮するようになりました。今も、毎回、頭痛のタネです。
▼ 国際結婚などで海外に住んでいる日本人の多くが、いずれは直面する「日本に帰る実家がない」という問題。実際に実家を売却して、一時帰国の滞在先に困ってきた筆者がこれまでの体験をベースにアイディアをご紹介します。
気持ちを前向きにアップさせるために

両親を亡くし、実家を失う…。どんなにポジティブに言っても、これは悲しい出来事ですし、常に暗い気持ちがついてまわります。
とはいえ、自分で作ってきた家族(夫や子供)もいるので、いつまでも泣いてばかりもいられませんよね。
そして、みんな遅かれ早かれ通る道でもあります。
寂しくなったら、「寂しい気持ち」を自分なりに受け止めて、気持ちを前向きにアップさせていきたいものです。
後悔はつきもの
親の死に関しては、どんな人でも後悔はつきものだ、と言います。
先にも書きましたが、「すごい親孝行な人」とはたからは見える人でも、大なり小なり悔いが残るそうですし。
こうやって後悔ばかりしている筆者にしても、家族から見ると「だれよりも親のためにがんばっていた」らしいですから。
後悔はつきもの、これは本当です。
今を最善に生きるのが親孝行
もし「あの世」というものがあって、亡くなった両親が自分のことをどこかで見ているとしたら…。
悲しんで後悔している姿を見たら、絶対に「ああ、もうっ!なにやってんの。今の生活を楽しみなさいよ」とハラハラしているはず。
いただいた命を最大限に使って、今を最善に生きるのが「これからできる唯一の親孝行」だと思うようにしています。
親がくれたものに感謝する
誰かについポロっと「ものすごく後悔しているんだよね、もっと親のためにできることがたくさんあったはずなのに…」と言ってしまった時。
ある方がこのように言ってくれました。
「悲しい、寂しいと思えるのはそれだけ愛情豊かに子供時代を過ごしたからだよ。よいご両親だったのね」と。
親がくれたものは命だけでなく、今につながるたくさんのものがあります。
フランスで生まれて育つ自分の子が、しっかりと日本の文化や習慣をも受け継いでいることも親からつながっている縁。
祖父母の豊かな愛情を知っているので、日本も大好きですし、その祖父母に約束した将来の夢に向かって邁進できる子になっています。
無くしたものを恋しがるより、親からもらったものに感謝して生きていきたいものです。
まとめ
頼れる実家がなくなるということは、とても寂しいものです。
物理的に帰る場所がないだけでなく、心の拠りどころを失ったような気持ちになるでしょう。「ああすればよかったかも?」「こうするべきだった」と、さまざまな後悔が頭をよぎります。
ただ、みんなあえて言わないだけで、「実家がなくなる」経験をしている人は多いのです。はたから見ると、どんなに親孝行をした人でも何かしら後悔しているもの。
悲しむだけ悲しんで、そのあとは前を向いていくしかないですよね。
「今を一生懸命に生きる」ことこそが、これからできる親への恩返しかなと思うのです。













